ザ・神社THE JINJA / 全国神社アーカイブ

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No.76 律令の時代の神祇官と、国による神社のまとめ方

律令の国家は、神のまつりを受け持つ役所として神祇官を置き、祈年祭などで全国の官社に幣帛を配った。ただし実際の統制は、9世紀には弱まっていった。

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調べた日
2026年10月6日
分野
歴史

本文と出典

7世紀の終わりから8世紀にかけて、日本では律令(大宝律令、養老律令など)にもとづく国の仕組みが整えられました。 その中で、神のまつりを受け持つ役所として置かれたのが神祇官(じんぎかん)です。 【神祇官の位置】 国の役所は、神祇官と太政官の二つの官と、その下の八つの省からなっていました(二官八省)。 神祇官は役所の並びでは太政官より先に書かれますが、長官の神祇伯の位は従四位下ほどで、実際に政治を動かしたのは太政官でした。 【神祇官の仕事】 国のまつりを行いました。 2月の祈年祭、6月と12月の月次祭、11月の新嘗祭などです。 祈年祭には、全国の主な神社(官社)の神職を都に集めて、幣帛(へいはく、お供え)を分け与えました(班幣)。 朝廷から幣帛を受ける官社の名簿が、のちの『延喜式』神名帳にまとめられます。 【官幣社と国幣社】 延暦17年(798年)からは、神祇官から直接幣帛を受ける官幣社と、国の役人である国司から受ける国幣社に分けられました。 神に位を授ける神階も、朝廷が行いました。 【建前と実際】 全国の神社を都の下に束ねる仕組みでしたが、9世紀には幣帛を受け取りに都へ来ない神職が目立つようになり、統制は弱まっていきました。 やがて朝廷の祈りは、都の近くの二十二社に絞られていきます。 式内社や二十二社については、それぞれの記事をご覧ください。 https://the-jinja.top/yobo/31 【参考にした資料】 『神社に秘められた日本史の謎』(新谷尚紀)、『図解 神社入門』(渋谷申博)、『総図解 日本の神社』(渋谷申博)、『神道と神社の秘密』(歴史研究会)、『神主さんが教えてくれる「おとなの神社旅」』(三浦利規、徳本昌大)

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