No.76 律令の時代の神祇官と、国による神社のまとめ方
律令の国家は、神のまつりを受け持つ役所として神祇官を置き、祈年祭などで全国の官社に幣帛を配った。ただし実際の統制は、9世紀には弱まっていった。
本文と出典
7世紀の終わりから8世紀にかけて、日本では律令(大宝律令、養老律令など)にもとづく国の仕組みが整えられました。
その中で、神のまつりを受け持つ役所として置かれたのが神祇官(じんぎかん)です。
【神祇官の位置】
国の役所は、神祇官と太政官の二つの官と、その下の八つの省からなっていました(二官八省)。
神祇官は役所の並びでは太政官より先に書かれますが、長官の神祇伯の位は従四位下ほどで、実際に政治を動かしたのは太政官でした。
【神祇官の仕事】
国のまつりを行いました。
2月の祈年祭、6月と12月の月次祭、11月の新嘗祭などです。
祈年祭には、全国の主な神社(官社)の神職を都に集めて、幣帛(へいはく、お供え)を分け与えました(班幣)。
朝廷から幣帛を受ける官社の名簿が、のちの『延喜式』神名帳にまとめられます。
【官幣社と国幣社】
延暦17年(798年)からは、神祇官から直接幣帛を受ける官幣社と、国の役人である国司から受ける国幣社に分けられました。
神に位を授ける神階も、朝廷が行いました。
【建前と実際】
全国の神社を都の下に束ねる仕組みでしたが、9世紀には幣帛を受け取りに都へ来ない神職が目立つようになり、統制は弱まっていきました。
やがて朝廷の祈りは、都の近くの二十二社に絞られていきます。
式内社や二十二社については、それぞれの記事をご覧ください。
https://the-jinja.top/yobo/31
【参考にした資料】
『神社に秘められた日本史の謎』(新谷尚紀)、『図解 神社入門』(渋谷申博)、『総図解 日本の神社』(渋谷申博)、『神道と神社の秘密』(歴史研究会)、『神主さんが教えてくれる「おとなの神社旅」』(三浦利規、徳本昌大)
情報・意見(0件)
情報や意見を書くにはログインが要ります(読むだけならログインは要りません)。