No.57 靖国神社と護国神社
靖国神社は明治2年(1869年)の東京招魂社が始まりで、国のために亡くなった人をまつる。護国神社は各地の招魂社が昭和14年(1939年)に名前を改めたもので、その地域ゆかりの戦没者をまつる。
本文と出典
靖国神社と護国神社は、国のために亡くなった人々をまつる神社です。
神話の神や自然の神、土地の守り神をまつるほかの多くの神社とは、成り立ちが違います。
【靖国神社の成り立ち】
明治2年(1869年)、戊辰戦争などで亡くなった人々をまつるため、東京の九段に東京招魂社が建てられました。
明治12年(1879年)に靖国神社と名前を改め、別格官幣社になりました。
戦前は、ほかの神社と違って陸軍省と海軍省が管理していました。
その後の戦争で亡くなった人々が次々にまつられ(合祀)、神社の公表では約246万6千柱がまつられています。
戦後は国の管理を離れ、神社本庁に属さない単立の宗教法人になりました。
【まつり方の特徴】
墓ではないので、遺骨や位牌はありません。
亡くなった人の名前を記した霊璽簿(れいじぼ)を納め、霊を招いてまつります。
【護国神社】
幕末から明治にかけて、各地で亡くなった人々をまつる招魂社が作られました。
昭和14年(1939年)、これらの招魂社は護国神社と名前を改めました。
おおむね一つの府県に一社、内務大臣の指定する護国神社が置かれ、その地域の出身者やゆかりのある戦没者をまつっています。
戦後は宗教法人になり、占領中に名前を変えた神社もありましたが、多くはのちに護国神社の名前に戻りました。
【評価の分かれる話題】
靖国神社は、首相などの参拝や、まつられている人をめぐって、国内外でさまざまな議論があります。
この記事では、成り立ちと仕組みの説明にとどめています。
【参考にした資料】
『神社に秘められた日本史の謎』(新谷尚紀)、『神社の解剖図鑑』(米澤貴紀)、『保守もしらない靖国神社』(小林よしのり)、『靖国神社』、『総図解 日本の神社』(渋谷申博)、『神道と神社の秘密』(歴史研究会)
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