No.54 明治の近代社格制度(官幣社、国幣社、府県社、郷社、村社)と別格官幣社
明治4年(1871年)、国は全国の神社を官幣社、国幣社、府県社、郷社、村社などに格付けした。功績のあった人をまつる別格官幣社もあった。制度は戦後の1946年に廃止された。
本文と出典
明治4年(1871年)、明治政府は神社を「国家の宗祀(そうし)」、つまり国がまつるものと定め、全国の神社に格付けをしました。
これを近代社格制度といいます。
古代の『延喜式』の区分にならいながら、全国の神社を国の下に並べ直したものです。
伊勢神宮は、この格付けの外に置かれた特別な神社とされました。
【官社】
国がまつりに関わる神社で、二つに分かれます。
官幣社(かんぺいしゃ):皇室から幣帛(へいはく、お供え)を受ける神社で、大、中、小の区分がありました。
国幣社(こくへいしゃ):国の費用で幣帛を受ける神社で、同じく大、中、小に分かれました。
【別格官幣社】
明治5年(1872年)、国や皇室のために働いた人をまつる神社のために、別格官幣社が設けられました。
最初に指定されたのは、楠木正成をまつる湊川神社(兵庫県神戸市)です。
ほかに、織田信長をまつる建勲神社、豊臣秀吉をまつる豊国神社、徳川家康をまつる日光東照宮と久能山東照宮、戦没者をまつる靖国神社などがあり、全部で28社でした。
なお、乃木希典をまつる乃木神社や東郷平八郎をまつる東郷神社は、別格官幣社ではなく府社などでした。
【諸社】
官社以外の神社を諸社といい、費用は府県や市町村が受け持ちました。
府社、県社:府や県ごとの主な神社です(明治の初めには藩社もありましたが、廃藩置県ですぐに無くなりました)。
郷社(ごうしゃ):いくつかの村をまとめた地域の神社です。
村社(そんしゃ):村ごとの神社です。
無格社(むかくしゃ):どの格にも入らない神社で、数はいちばん多くありました。
【廃止】
昭和20年(1945年)12月の神道指令を受けて、昭和21年(1946年)2月に社格の制度は廃止されました。
いまも神社の案内に「旧官幣大社」「旧県社」などと書かれていることがあるのは、この制度の名残です。
【参考にした資料】
『総図解 日本の神社』(渋谷申博)、『神社崩壊』(島田裕巳)、『図解 神社入門』(渋谷申博)、『神社の解剖図鑑』(米澤貴紀)、『神道と神社の秘密』(歴史研究会)、『神社の系譜』(宮元健次)、『靖国神社』
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