No.45 諏訪大社の建御名方神と、御柱祭の由来
建御名方神は大国主命の子で、国譲りの力比べに敗れて諏訪に鎮まったと古事記に書かれる。御柱祭は寅と申の年、6年ごとに行われる大祭で、由来には諸説ある。
本文と出典
諏訪大社(長野県)は、諏訪湖のほとりにある上社(本宮、前宮)と下社(春宮、秋宮)の四つの宮からなる神社です。
全国の諏訪神社の総本社です。
【建御名方神】
主な祭神の建御名方神(たけみなかたのかみ)は、大国主命の子の神です。
『古事記』の国譲りの話で、天の神の使いの建御雷神(たけみかづちのかみ)と力比べをして敗れ、諏訪まで逃れて、そこから出ないと約束して鎮まったとされます。
この力比べは、相撲の始まりとも言われます。
なお、この話は『古事記』にあり、『日本書紀』には出てきません。
古くから武の神、風の神、農業の神として信仰されてきました。
【御柱祭】
御柱祭(おんばしらさい)は、寅と申の年に行われる諏訪大社の大祭です。
6年ごとに行われますが、数え方の習わしから「7年目ごと」と言われます。
山から切り出したモミの大木を人の力で引いて運び、四つの宮のそれぞれ四隅に立てます。
柱を坂から落とす「木落し」は特に知られています。
【御柱の由来】
なぜ柱を立てるのかには、いくつかの説があります。
木を神の依り代とする古い信仰の名残という説、社殿を建て替えていたことの名残という説、神の場所の境を示すという説などです。
諏訪大社の宮の多くには本殿が無く、山や木を拝む古い形を残しています。
御柱祭も、そうした古い信仰を今に伝えるまつりです。
【参考にした資料】
『神道と神社の秘密』(歴史研究会)、『神社の解剖図鑑』(米澤貴紀)、『総図解 日本の神社』(渋谷申博)
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