No.44 熊野三山の神々と、熊野信仰の広がり
熊野本宮大社、熊野速玉大社、熊野那智大社の三社をまとめて熊野三山という。平安時代には上皇や貴族、のちには武士や庶民が列をなして参り、全国に熊野神社が広まった。
本文と出典
熊野三山(くまのさんざん)は、和歌山県の紀伊半島南部にある三つの神社をまとめた呼び名です。
熊野本宮大社(田辺市)、熊野速玉大社(新宮市)、熊野那智大社(那智勝浦町)からなります。
【三山の神々】
熊野本宮大社:家都美御子大神(けつみみこのおおかみ)
熊野速玉大社:熊野速玉大神(くまのはやたまのおおかみ)
熊野那智大社:熊野夫須美大神(くまのふすみのおおかみ)
神と仏を一緒にまつった時代には、熊野の神々は仏が仮に神の姿で現れた「熊野権現」とされました。
本宮は阿弥陀如来、速玉は薬師如来、那智は千手観音が、それぞれ本来の姿(本地仏)とされました。
【熊野詣】
平安時代の後期、熊野は極楽浄土への願いと結びつき、生まれ変わりの地として信仰を集めました。
上皇や貴族がたびたび参拝し(熊野御幸)、その後は武士や庶民にも広がりました。
参拝する人の列が途切れない様子は「蟻の熊野詣」と呼ばれました。
身分や男女を問わず受け入れる信仰だったことも、人々を引きつけました。
【全国への広がり】
熊野の信仰を各地に説いて回った熊野比丘尼(くまのびくに)や、参拝者を案内した御師(おし)らの働きもあり、熊野の神は全国に勧請されました。
全国の熊野神社は3,000社ほどあるとも言われます。
熊野三山と参詣道は、平成16年(2004年)に世界遺産「紀伊山地の霊場と参詣道」の一部になりました。
【参考にした資料】
『総図解 日本の神社』(渋谷申博)、『神道と神社の秘密』(歴史研究会)、『神主さんが教えてくれる「おとなの神社旅」』(三浦利規、徳本昌大)、『図解 神社入門』(渋谷申博)、『神社に秘められた日本史の謎』(新谷尚紀)、『神社の解剖図鑑』(米澤貴紀)
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