No.39 八幡神とはどんな神か、なぜ武士に信仰されたのか
八幡神は応神天皇と同じ神とされ、宇佐神宮が総本宮。弓矢の神として源氏が氏神にし、鎌倉幕府の鶴岡八幡宮を通して全国の武士に広まった。
本文と出典
八幡神(はちまんしん)は、全国の八幡神社、八幡宮にまつられている神です。
大分県の宇佐神宮が総本宮で、応神天皇(誉田別尊、ほんだわけのみこと)と同じ神とされています。
多くの八幡神社では、応神天皇、母の神功皇后、比売大神(ひめおおかみ)の三柱を八幡三神としてまつります。
「八幡」という神の名前は『古事記』や『日本書紀』には出てこず、記紀の神話の神とは別に信仰が広まった神です。
【武の神として】
母の神功皇后が朝鮮半島に兵を出したという伝承と結びつき、八幡神は古くから戦に勝つ神、弓矢の神とされてきました。
奈良時代には仏教とも強く結びつき、「八幡大菩薩」と呼ばれるようになります。
【源氏の氏神に】
平安時代、京都の石清水八幡宮が都の近くの八幡信仰の中心になりました。
源頼義、義家の親子は八幡神を深く信仰し、義家は石清水八幡宮で元服して「八幡太郎」と名乗りました。
頼義は康平6年(1063年)、鎌倉の由比郷に石清水の八幡神を迎えてまつりました。
【鎌倉幕府と全国への広がり】
治承4年(1180年)、源頼朝はこの八幡宮を今の場所に移し、鎌倉の町の中心に置きました。
これが鶴岡八幡宮です。
鎌倉幕府の法である御成敗式目も、第一条で神社を修理しまつりを大切にすることを定めています。
こうして八幡神は武士全体の守り神となり、各地の武士が自分の領地に八幡神を勧請しました。
神社本庁の調べでは、八幡神社は全国の神社の中で最も数が多いとされます。
【参考にした資料】
『神社に秘められた日本史の謎』(新谷尚紀)、『神道と神社の秘密』(歴史研究会)、『なぜ八幡神社が日本でいちばん多いのか』(島田裕巳)、『総図解 日本の神社』(渋谷申博)、『神社の系譜』(宮元健次)、『神主さんが教えてくれる「おとなの神社旅」』(三浦利規、徳本昌大)
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