ザ・神社THE JINJA / 全国神社アーカイブ

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No.85 有名な神社の「謎」とされる話(史実、伝承、俗説を分けて)

出雲大社の巨大神殿、元伊勢と太陽の線、鹿島と香取の要石、将門の結界。よく語られる「謎」を、確かめられる事実、昔からの伝承、近年の俗説に分けて紹介する。

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調べた日
2026年10月6日
分野
その他

本文と出典

有名な神社には、さまざまな「謎」が語られています。 ここでは、確かめられる事実(史実)、神社や地域に伝わる話(伝承)、近年になって広まった説(俗説)を分けて紹介します。 【出雲大社の巨大な本殿】 伝承:昔の出雲大社の本殿は、高さ16丈(約48m)、さらに古くは32丈(約96m)あったと伝えられます。 史実:平成12年(2000年)、境内から、杉の大木3本を束ねて直径約3mにした柱(宇豆柱)の跡が見つかりました。 この柱は鎌倉時代、宝治2年(1248年)の造営のものとされ、中世に大きな本殿があったことが分かりました。 ただし、高さ48mの本殿が本当にあったかどうかは、研究者の間でも説が分かれています。 史実:いまの本殿の中で、御神座が正面(南)ではなく西を向いているのは事実で、その理由には諸説あります。 【元伊勢と太陽の線】 伝承:天照大御神は、伊勢に鎮まる前に倭姫命(やまとひめのみこと)に奉じられて各地を移り、その地は「元伊勢」と呼ばれます。 移った年数や場所の数は、書物によって違います。 俗説:元伊勢や伊勢神宮などが、夏至や冬至の太陽の通り道に一直線に並んでいる(レイライン)という話がありますが、学問的に確かめられた説ではありません。 【鹿島と香取の要石】 伝承:鹿島神宮と香取神宮の境内にある要石は、地中の大なまずを押さえて地震を防いでいると伝えられます。 鹿島の要石は上がくぼみ、香取の要石は上がとがった形とされます。 伝承:水戸藩主の徳川光圀が鹿島の要石を7日7晩掘らせても、底に届かなかったという話があります。 【平将門と江戸の結界】 史実:神田明神(神田神社)は、平将門をまつる神社の一つで、元和2年(1616年)に今の場所に移りました。 俗説:天海が、将門ゆかりの神社を江戸の周りに置いて結界を作り、江戸を守らせたという話は、近年の作家などが唱えた説で、裏付ける記録はありません。 江戸城の周りの堀が「の」の字を描くように掘られたという話とも混ざって語られることがあります。 【参考にした資料】 『神社に秘められた日本史の謎』(新谷尚紀)、『神社の謎』(合田道人)、『神社の解剖図鑑』(米澤貴紀)、『神社の系譜』(宮元健次)、『図解 神社入門』(渋谷申博)

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